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癒縄 命羅のロープヒーリング

緊縛~癒しの力と美しさを求める人へ

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 存在証明第16話

存在証明第16話



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 部屋を出た。天野さんになんて言ったのかは覚えていないが、沙羅と二人でなんとなく歩いていた。駐車場に止めた車は置きっぱなしだったが、新宿の東口の方へまわり、なんとなく家電量販店に入り、何を見るとでもなく、沙羅と手をつないで歩いていた。沙羅も一言も話さない。どう見てもサキとは沙羅のこと。ミーちゃんは蜜柑自身。ナリはナクの事だと分かった。複雑な感情があることは多頭飼いのサディストならみんな分かっているが、あからさまに気持ちの変化や内容を文章で読んだのは初めてだった。沙羅が今どんな気持ちでいるかを推測するのはきっと難しくないが、自分の気持ちを整理する事が最優先だった。自分がぶれれば、皆ぶれるのだから。

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 テレビの売り場で、サッカーの中継をやっていた。イタリアのどこかのチームだ。店内の音楽と客たちの出す音で、雑踏というに相応しい雰囲気。沙羅と手をつないだ自分はただ、画面をながめているのだろう。自分は本当に、蜜柑を幸せにできていたのだろうかと疑念が渦を巻く。本当に、自分の好きに使っていただけではなかったのか。都合のいいようにあしらってはいなかったか。もっと沢山縛ってやればよかった。もっと鞭で気持ちを伝えてやればよかった。想いの熱さをもっと蝋で教えてやればよかった。もっと強い命令をしてやればよかった。自分に蜜柑が必要だという事を叩き込んでやればよかった。

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 これは、SMの世界に本当に浸かった者の話として聞いてほしい。サディストは孤独だ。
複数の奴隷を持つほど孤独になる。ならば、一人にすればいいと思うが、それも出来ない。原因はいくつかあるが、代表的なものとして、人間力と経験値の事がある。縛りだけではなく、蠟燭にしても、鞭にしても、相手との対話として行う以上、限界や快楽状態を見極める必要は絶対にある。羞恥をあおる煽るにしても相手によって違うし、場所や環境を敏感にとらえなくては出来ない。駆け出しのころは色々な失敗をする。いや、どんなに長くSMをしていても失敗はある。プロの緊縛師でも相手の腕や脚を痺れさせる事もある。まさかと思うかもしれないが、卸したての縄の縄尻に蝋の熱と外炎の余波で火がつくこともあり、それで軽い火傷を負わせる事だってあるのだ。鞭の限度を超えて、皮膚を裂き肉を打ってしまう者だっているだろう。ゴム製のバラ鞭は強打すると骨がずれたりすることもある。露出プレイ中に警察に見つかる事だってあるだろう。鞭の後で傷だらけの相手に浣腸をするなど本来は愚の骨頂だ。だから、そういうことをきちんと考えていそうな者で、人格的にも尊敬に値するような人のところにはM女が集中する。縄の腕だけではない。ちゃんと人間力があるかどうかが問題なのだ。生活能力や、金銭感覚、社会常識、一般的な世界の動向や知識、仕事に対する姿勢、ユーモア、そして責任感。他にも沢山ある。それらをバランスよく備えたサディストは、一人しか奴隷を持たないと思っていても、いろんな事情で支配下が増えていく人もいるのだ。奴隷を一人も得られない者が多数いる一方で、極わずかな者にたくさんのマゾが集まってくるからだ。勿論、きちんとパートナーは一人と決めて複数をもたない者もいる。

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 しかし、そういった事情、それにプラスして、孤独と孤高だ。サディスト、特に主従関係を結ぶ人は、強く自分の世界をもっている。相手がそこに入る事を望むわけだ。そこでは支配者は絶対だ。だから本当に弱った時や、辛い時に、もっとも信頼している奴隷だからこそ言えない事が発生したりする。自分が空を失えば、彼女達も、もうそこを飛ぶことはできないのだ。これは実は奢りでしかないのだが。M女は本当に飼い主を支えたいと思っていることが多いのだが、多分プライドが邪魔をして相談したり、話せたりしないのだろう。だから、プレイで相手をオトシメル。責める。そして、他の相手からも自分に対する熱い気持ちを求めたりするのだと思う。結果、奴隷の数が増えても、より多くの気持ちを求めて歩く。救われない。SMの性癖自体が闇だとは思わないが、救われづらい分野ではあるのだろう。言葉で好きだといわれても、心に響かないのだ。だから、この鞭がたえられるのか? ここですべてを晒して自分を慰めて見せられるのか? 人の前で排泄できるものなのか? 何時間でも奉仕できるのか? 気絶するほど自分のプレイで達する事が出来るのか? などとやるのだろう。そして、初めて心に届くのだ。


自分は愛されていると。

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助けられるのはMなのか、本当はSなのか。両方ともがねじ曲がって絡まって、その上で支えあっているので立っていられるのか。そんな事でさえ、奴隷に話す飼い主は少ないだろう。







サディストは孤独だ。







 勿論、サドとマゾどちらが孤独かなどと論じる事がナンセンスであるが、それぞれに闇があり、寂しさや、温かさや、光もある。SMと聞くと、イメージ的には闇の部分が多いと感じる人が沢山いるだろうが、それは正解ではないと思う。
 SMは一種のセラピーですらある。心理学を意識してそうするわけではないが、プレイをしたり、主従関係を結ぶことによって気持ちが安定したり、鬱から抜け出て病院通いをやめうる者すらいる。これは持論ではなく、実際にSMをする者たちを何百人と見てきた自分の実感だ。少し考えてみればわかる部分としては、普通のセックスを思ってみればいいのだ。好きな人と気持ちと体を交える。豊かさや安心、愛情などを感じられる事が多いはずだ。SMはそれの深層を追及したものだと考えればよい。所詮、性癖だと言えばそれまでなのかもしれないが、そこで考えが止まる人にはSMの世界の奥底に流れるものを見ることは出来ない。
 実生活を離れた異空間としての関係を思ってみよう。男はサディストで女の苦しそうな表情や痛さに対する声、それから忠誠心と言われるものが好きだとしよう。やがて、彼には特定のマゾヒストの女性ができるとする。彼女は世間一般で言われるところのセックスでは上り詰める事も出来ないし、快楽もストレートに脳や心に伝わらないとする。それは何故か。
例えば、幼少期、父親に暴力を受けていたが、彼女にとって、それが父親の愛情や父親そのものを感じられる数少ない時間であったり、空間であった場合。これは、実際に行われている最中は最悪であるし、楽しくも嬉しくもない。むしろ悲劇だろう。だが、心には刻まれる。本来自分を愛してくれるはずの父親の記憶として深層心理に叩かれて、言うことを強制的にきかされていた。気の向くままに、叱られるのですらなく単に怒られていた。自分の存在理由が、そこに出来上がってしまっている。父親にとって私はいらないのではないのかという疑問よりも、時間がたつにつれて、私が悪いのだから、父の様に私を、―――愛してくれる人が欲しい。などと誤解や幻想に似た嗜好を生む。これは思想としてとか、意識としてではない。むしろ意識的には嫌悪だろう。だが、本能のどこかに明確に刻まれたものとして残るのだ。
自分に対して極端に自身がない場合もある。成長過程の何でそうなったかは多種多様だが、自信のなさは特定の相手に対して依存を生む。まして、拘束や痛みや羞恥による日常とかけ離れた世界においては、プレイそのものが依存の原因となりうる。そして抱きしめられた時の体温の伝達や、褒められる事による達成感、安心感などは依存のスパイラルを作るには充分なのだろう。本格的にSMをしている者ならば、心でわかっていたり、理論で整理してそれを理解している者も数は多いだろう。SMは一種の麻薬のようなものなのだろう。実際にふつうにセックスをするよりも多種の脳内麻薬が分泌される事も立証されている。これは、する側もされる側も共通して言える事だ。
だから、見た目的には冴えない男や女が、とても美しい女やいわゆるイケメンといわれる男を従えている事など珍しくない。それを知る者は、わかった上でクモの巣をはって相手が堕ちてくるのを待っている。本当にできるサディストは自分から不必要にハンティングをすることなど稀なのだ。彼ら彼女らは武器を持っている。縄の技術や、それに込める気であったり、鞭や痛み苦しみの与え方による相手の覚醒方法など、人によって違う。しかし、そこに目覚めたものは、もう一度その人にそうして欲しいと願うようになり、やがてパートナーになりたいとか、奴隷として飼って欲しいなどという欲望が芽生える。普通の世界に生きていたら滅多に出会えない感情だ。人に飼って欲しいなど。だから外見の良し悪しにかかわらず、相手の間口がひろがり、選び放題になる者もいる。

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そして覚えておくといい。セラピーとしてのSMは存在する。反対に、相手の精神を破壊していくSMも存在するのだ。依存や愛情を導く者のベクトルを見誤ってはいけないのだろう。本当に自分を壊してしまうような相手を選べば、そこには病院が入院の間口を広げている。精神のバランスをとるための病院に通うはめになった者もたくさん見てきたのだ。その反対に、通わなくてよくなった者も。マゾヒストの大切なたった一つの権利がそこにある。それは。


主を選ぶ権利。






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